2003年08月14日 : The Great Blackout

その日は近年稀に見る散々な日だった。バイト帰りの夕方、僕が乗っていた地下鉄はガクンッといういやな音と共に突然止まった。またか、(NYの地下鉄は故障などでよく止まる)と思っていたがなんかいつもと様子が違う。いつもならエンジンは動いてるのに今回は全部止まって静かになった。当然エアコンも止まり、車内はだんだん暑くなってきた。最初のうちはアナウンスがあったけど30分後にはそれもなくなり、乗客はまたテロじゃないか、とか騒ぎ出した。中には小さな赤ちゃんを連れている女性もいて彼女もだんだん我慢できなくなり、車両の間から脱出するとか言い出し、周りが手伝いながら出て行った。

もうほんとにサウナ状態で我慢も限界に達した頃、少しだけついてた電気も全て消えて真っ暗になり、もうちょっとで我慢の限界に達しそうになったところで誰かの誘導でみんながぞろぞろ降り始めた。結局一時間半後には脱出したのだが、降りてみるとなんのことはない、駅のすぐそばだった。だったら早く降りればよかったと思ったのもつかの間、今度は地上に出てまたびっくり。信号やお店の電気など全て消えていたのだ。当然交通はマヒし、すごい渋滞。停電だ。街は仕方なく歩く人でいっぱいだった。しょうがないから僕も歩いてうちに帰るハメになった。ていうか、その夜はギグがある予定だったのでもしかしたら、と思って何がなんでも帰る気だった。ちょうどソーホーのあたりからマンハッタンブリッジを渡り、ブルックリンに入り、家まで延々2時間歩いた。ありの行列のようにすごい人の数。途中通りかかったチャイナタウンでは冷蔵庫で保存できないアイスクリームなどの商品を路上で安く売っていた。どうせ傷んで損するくらいなら安く売ったほうがましだ、という魂胆か。

やっと家に着いたと思ったらやっぱり家の中も真っ暗。一応懐中電灯持っていたのでなんとかなったが、情報が手に入らない。電話もプッシュホン式は電気を使うので使い物にならない。携帯電話もつながりにくくなっていた。車に乗ってラジオを聞いたらなんとNY中停電だったのは言うまでもなくカナダやその周りの州など広範囲にわたって停電だったそうだ。大元の発電所のトラブルだったらしい。そうなると当然ギグどころではない。冷蔵庫は開けないほうが賢明だと思ったがすぐ傷みそうな食材はすぐ食べた。その日はとても暑い日だったので外で涼んでいたが、家の近所のラティーノ達はこんな時でも陽気である。外でロウソクつけてビール飲んで楽しんでる。僕もそれに交じっていた。

家に戻って横になっても興奮してあまり寝付けなかった。うたた寝してたら早朝4時ごろ突然電気や他の電化製品が動き出した。やっと戻ったが、あとで聞いた話ではマンハッタンのミッドタウンでは次の日の夕方くらいになってやっと戻ったらしい。

70年代にも大停電があったらしいがそのときはどさくさまぎれの強盗や暴動がひどかったらしく、無法地帯だったらしいけど今回はニューヨーカーもテロを経験してるせいか、冷静だったようだ。警察も貴金属店などの前にはすぐ立ってたし、店も客の入場を制限したりしてかなり警戒してた。でもやっぱり強盗はあったみたいだ。

あとでいろんな人に停電の時どうやって過ごしたか聞いてみたが、僕はかなりひどいほうだったようだ。新聞にはエレベーターに閉じ込められた人の様子も書いてあった。テロのときは直接被害は受けてないが今回はもろ被害者。アメリカでは日本では思いも寄らない事件が時々起こる。アメリカが世界に誇る大都市ニューヨークもこんなときは全く非力で一時的ではあるけど完全に死んだ街になった。普段の生活でも時々思うけど、非常事態のときに全く成す術がないというのは悲しい。日本なら電車やビルにはたいてい自家発電装置があって

そんなに困らないはず。大変な目にあったけどいろいろ考えさせられたのはいいけど、もう二度とごめんだわ。


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