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2003年07月30日 : My Band
![]() *写真の女性がタマラちゃん。あとの男性もオーストラリアから来ているベーシスト。 今日はついにというか、やっとというか、ニューヨークで初めて自分のバンドでギグをした。場所はお馴染みクレオパトラズニードル。メンバーはギターにマット・チャトコフ。彼は普段オルガンのバンドでやることが多く、なかなかソウルフルなギタリスト。ベースはつい1週間ほど前にジャムセッションで知り合ったタマラ・マーフィーという女の子。彼女はオーストラリアから短期滞在で勉強しに来ているんだけど、すごくビートがしっかりしててスイングするベーシスト。おまけに美人で感じもいい。実は結構直前までメンバー決められなくて困ってただけどジャムセッションのとき、彼女と話していて思わず決めてしまった。 ギグのほうは僕が用意した曲を中心にやったけど、先日(確か)94歳で亡くなった偉大なアルトサックス&トランペット奏者、作編曲家のベニーカーターに捧げる意味で彼の作曲で有名な 美しい曲“Only Trust Your Heart” なんかもやったりと、ジャズの伝統に敬意を表しているところもさりげなく見せたりして・・・。 自分がリーダーで、しかも僕はドラムだから指示を出したり、英語でMCしたりするのが大変だけど、そういうことも含めていい経験になった。ていうか、そういう自分を客観的に見て「おっ、結構いけてるかも。」と思ったりした。でもやっぱりなかなか思うように英語が出てこない。気の利いたことがぱっと言えない。ていうか、僕は口下手だから日本語でも言えないんだけど。 日本でも自分のバンドやってたけどその時より、エンターテイメントを心がけた。何せ普段ハーレムで「お客さん楽しませてなんぼ」の世界でやってきたから。友達のミュージシャンもたくさん遊びに来てくれて飛び入りしてもらったりして非常に楽しかった。 実はベースのタマラちゃんは翌日オーストラリアに帰国することになっていたのでこれがNY最後の夜。そういうこともあって本人も気合入ってていい演奏してくれました。ギターのマットもオルガンのバンドでやってたときよりもっと自由な演奏でこれも新たな発見だった。 このギグは一応次のギグもブッキングできるかどうか、つまりオーナーが気に入ってくれるかどうかの、オーディションの意味も含まれていたのだが、なんとかパスしたようでこれからもどんどんやっていこうと思う今日この頃。
----------------------------------------------------- 2003年07月19日 : あー、しんど。 今日もクレオパトラズニードルの深夜ジャムセッションのホストバンドのギグだった。結構うまい連中が来て楽しかったのだが、NYのジャムセッションではかなりめずらしく、ドラマーが一人も来なかった。おかげで休憩なしで3時間ぶっつづけでやるハメになった。しかも土曜日のセッションリーダーのマニー(トランペッター)はちゃんと仕切らないので管楽器の連中が次から次へとソロを取り、一曲40分くらいになることもあり、かなりきつかった。練習だと思ってがんばったが腰が痛くなった。まあしかし、そんなにギグで忙しいわけでもないのでありがたいことだったのかもしれない。 ----------------------------------------------------- 2003年07月18日 : サルサ三昧 ブルックリンのサンセットパークというこの地域に引っ越して来て 早半年が過ぎようとしてるが、例のサルサバンドに参加して以来、近所で会うラティーノ達とすっかり馴染んでしまった。バンドメンバーのほとんどは近所に住んでいるので練習場所近くのお店などの前でいつもたむろっている。何をしてるかっていうとただみんな世間話しているだけである。 メンバーの一人が「こいつはグレイトティンバレスプレイヤーだ。」とみんなに紹介するとそこらへんにいる連中と芋づる式にアミーゴ(友達)になってしまう。NYに住んでいるプエルトリカンのほとんどはアメリカ生まれで英語、スペイン語両方話せる人が多いのでコミュニケーションにはほとんど困らないのだが、やっぱりスペイン語話せればいいな、と思ってしまう。演奏でもコーラスが歌ってるところでそれに反応したりする場合があるし。 そんなこんなで今日は金曜日ということもあり、練習場所に地下室でみんなでハングアウトしていた。“ハングアウト”とは友達とどこかに行ったり、酒飲んだり、ぶらぶらしたりするという意味のスラング。メンバーの彼女や奥さんや近所の住民もやってきてサルサ聴きながら酒飲んでしゃべっているとそのうち誰かが楽器取り出して音楽に合わせて叩き出し、じゃあってんで、僕もやり出したらじゃあセッションだ、ってことになり演奏が始まった。ちょっと休憩してもすぐ誰かが叩き出してまた自然に演奏が始まる。これはいったいいつまで続くんだろうと思いながら結局終わったのが夜中の2時ごろ。始まったのが9時くらいだったから5時間くらいやってたわけだ。これでお開きかなと思いきや今度はかけてるCDに合わせてみんな踊りだした。僕は最初見ていたのだがやっぱりこのままずっと見ていられるわけがなく、踊りだした。サルサダンスはあんまり人と踊ったことがないというと、一人の女性が教えてあげるからと、一緒に踊ってくれた。 そうして終わったのが明け方の4時。酒も入っていたので相当疲れた。彼らのその遊び方は尋常じゃない。体力が違う。DNAの違いを感じさせられた。 彼らに立ち向かうには体力だ。
----------------------------------------------------- 2003年07月04日 : Independence Day 昨日、今日とお馴染みShowmansでのギグだった。リーダーはいつも木曜日に一緒にやってるオルガンのラダムシュワルツ。僕はいわゆる“サブ”(前日記参照)だった。実は初めて週末のギグをやったのだが、これが結構きつかった。始まるのが10:30 pmで終わるのが3:30 amで以前オルガンのプリーチャーとRobin’s Nestというところでやっていた時間よりさらに一時間遅い。そんな時間でも普段はお客さんがいっぱいだ。しかし、昨日4日はアメリカ全土が一丸となってさらに大騒ぎする一大イベント「独立記念日」で週末バケーションに出かける人が多いため比較的暇だった。 家の近所のラティーノ達はストリートでステレオガンガン鳴らしてバーベキューしたりしてすっかりお祭りモードだ。すぐ近くのケンタッキーの地下室でいつもサルサバンドが練習していていつも気にはなっていたのだがこの日は暑かったせいか扉を開けてやっていた。ちょっと覗くとおじさんが出てきた。「あのう、ちょっと見学してもいいですか。僕も一応ティンバレスできるんですけど・・・」って言うとおおっ、じゃあこっち来てやれって言うんで一曲ジャムセッションやった。今までアフロキューバンやってきたけど初めて全員本物のプエルトリコ人の中でやった。すごい楽しかった。しばらくやってなかったせいもあって自分はノリノリだった。彼らは近所の音楽好きの仲間で気軽にセッションしている感じだったがやっぱり本物の人たちは違った。見た目はちょっとくたびれたおじさんでも。一曲終わった後、もっとやってけ、って言われてうれしかったけど、ギグがあったので後ろ髪引かれる思いでその場を去った。毎週日曜日やってるからまた来い、って言われ、またうれしくなった。 さて、あちこちで打ち上げられる名物の花火を見る観客で街は渋滞の恐れがあったのでちょっと早めに家を出た。案の定、ハイウェイは混んでいたのだが、なんで混んでいたかと言うと、ハイウェイが川沿いに出たところあたりで車がずらっと路肩に止まっていたのだ。そこが花火を見るのに絶好の場所らしかった。年に一度の大イベントだからまあ許してあげよう。その渋滞を免れてマンハッタンの入ったのもつかの間、今度はマンハッタンの東側を走るハイウェイが途中で通行止め。なぜ?と思いながら迂回道路を走っていてふと横を見るとそのハイウェイが見えた。一瞬目を疑った。そのハイウェイにたくさんの人がいたのだ。どうやら車を通れないようにして花火を見る人たちのために開放していたらしい。ニューヨークに来てもうすぐ4年になるがそこまでするなんて全く知らなかった。 肝心のギグの方はというと、フロントがアルトサックスにアーウィン君、トランペットにジェイムス君だった。アーウィン君はなんと弱冠17歳の見るからに子供だったが、プレイはというとはっきり言ってうまかった。いい音出してるし、ビバップちゃんと吹きこなしてる。それもそのはず、チャーリーパーカーコンペティションとかいうコンテストで優勝したらしい。なんでもオルガンのラダムの生徒だったそうだが、これは末恐ろしい。ジェイムス君は赤いトランペットを持っていたが、なんとハービーハンコックやシンガーのベティカーターなどとの共演歴があるらしくこれまたうまい。今のうちに彼らと仲良くしとこうっと。もうほんとアメリカという国は若くて上手なひとたちが次から次へと出てきて、すごい国です。 |
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