2002年05月30日 : 来NYラッシュ

 さて、先日録音した音源を今度はより多くの人に聴いてもらうためにCDにしなくてはならない。貧乏な我々がやれることは、やはり全部自分達でやるということだった。まずCD-Rを買ってきて皆で手分けしてコンピューターでコピーをする。次にCDに貼るラベルとジャケットのデザインをオルガンの“つるりん“こと敦賀明子さんがやってくれたおかげでシスターズらしく、かわいらしいものになった。そしてそれを今度はプリンターで印刷、切ったり貼ったりという作業をほぼ一週間でやった。なんでそんなに急いでいたかというと、6月3日にShowmansでJ-Jazz Sistersの一周年お祝いパーティーをしようということになっているのでそれまでに間に合わせたかったのだ。しかし、この作業は本当に大変だった。練習もまともにできなかった。特につるりんさんはよく働いてくれました。

 それから名古屋から我等がCUGジャズオーケストラの小濱さんたちがこちらもレコーディングした音源のミックスダウンのためにNYを訪れていて一緒に来ていたギタリストの泉さん、小濱さんの生徒さんの安田さん達とライブハウスめぐりをした。

 東京からはサックスの大森明氏も訪れていて久しぶりにお会いできた。一緒にジャムセッションに行ったりわざわざ僕のギグにも来ていただいたり、NYの今昔の違いなどを語り合ったりしていろいろ思うことがあった。

 すると今度はトランペットの原朋直氏も訪れてこちらも本当に久しぶりに日本じゃなくてNYで再会できた。それにアルトサックスの井手くんや大阪からもたくさんのミュージシャンが遊びに来ていてどこのジャムセッションいってもみんなが来ていて日本人だらけだ。こういうのはアメリカ人から見るとどう見えるのかな。



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2002年05月22日 : 貧乏暇ナシ

やっと学校が終わった。僕は結局1年半通ったけどはっきり言ってきつかった。日本の大学でもあんなに勉強しなかった。まあ好きな音楽だから一生懸命やったわけだが、日本の大学よりも1学期の期間が短いのでほとんど詰め込み授業だった。その分夏休みが3ヶ月もあるんだけど学生や教授がその間にじっくりと自分自身の勉強や研究をしたりするためにあるらしいということを聞いたことがある。もちろん思いっきり遊んだりもするんだろうけど。

  と、一息つきたいところだったんだけど、おかまないなしに次から次へといろんな仕事が舞い込んでくる。J-Jazz SistersがハーレムのShowmansで毎週月曜に演奏してきてなんとまあ1年も続いている。これはなにか特別なことをしなくては、とレコーディングしようということになり、ニュージャージーのスタジオで半日がかりで録音した。なにしろほとんどの過程を自分達でしなければならず大変だったがいろんな意味でいい勉強になった。録音された音はウソをつかないので後で聴いてみて次回録音の時はもっとああしよう、こうしようという考えが浮かんできた。50,60年代のジャズミュージシャンは毎日のように昼はレコーディング、夜はギグをしていたらしいがこういう作業をしていればおのずとサウンドはよくなっていくものなんじゃないか、と思った。

 ということで貧乏暇ナシ月間の始まりです。



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2002年05月08日 : デビュー2連発

先週学校でDrum’n’Bassアンサンブルのコンサートがあり、11年ジャズばっかりやってきた僕がついにDrum’n’Bassドラマーとしてデビューを果たした。やってるときは必至だったけど、あとで録音を聴いてみるとなかなかイケてて、みんなとのアンサンブルもいい瞬間がたくさんあった。なにせ全部インプロヴィゼーションなのでスリルがある。特にドラムという楽器はもの凄い影響力があるので周りをよく聴いてすばやい判断で音を選び、演奏しなくてはならない。とか言いつつ、本番ではあまり考えてなかったけど・・・。

 そして今日は、ついにシンガーとしてもデビューした。といっても学校のヴォーカルジャズアンサンブルのコンサートで、だけど。クラスは週一回しかないのでそれだけでは不十分なので結構個人でも練習しました。ただ、コンサート間際に出された曲はイマイチで、となりのやつ(♂)は全然違う音程で歌うし、ちょっとやばかった。男性パートはヴォーカル専攻が一人しかいなかったけど、なかなかいけてたんじゃないかな。以前の日記でも書いたけど、Avenue”C”というレパートリーがあってそれがブルースなのでスキャットやりたい人はやってもいい、ってことになり、やってみた。今まで人前で(ジャズを)歌うことすらほとんどしてない(でも歌うことは好き)のにスキャットまでやってどうなることかと思ったが、これが思いもかけずオオウケ。内容はかなりいいかげんだが、昔チャーリーパーカーをしこたま聴いていたおかげか、それっぽいフレーズをちりばめて、あとは叫んでた。

 今回のコンサートでまたちょっと歌うことに目覚めたかもしれない。カラオケじゃなくて、バンドと一緒にやるのが楽しいんだ。それに、フロントで演奏してる人間の立場になって、リズムセクションを違う方向から見ることも出来た。今度はソロデビューを目指そっかな。



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2002年05月06日 : バースデイパーティ

 昨日また一つ年が増えた。でも不思議と20代のころのように年をとるたびに感じてたあせりというものが全くない。ていうかこっちにきてからほとんど年齢を気にしなくなった。年齢というのはただの数字にすぎない、ということ。アメリカはそういう文化だ。ていうか毎日忙しいのでそんなこと考える暇がないとも言えるし、開き直りとも言える。昨日は宣子さん家でJ Jazz sistersのミーティングをしたんだけど、自慢の手料理をいただいたのだが、これが超うまかった。食べ過ぎておなかいっぱいになった。

 ということで、今日は恒例の月曜日Showmansだったが、ちょっとしたバースデイパーティをやろうってことになり、偶然にもヴォーカルの宣子さんも18日誕生日なのでまとめてお祝いした(本人は早く年取ったみたいでやだ、と言ってたが)。すると、演奏の途中でお店のマネージャーのモナがなんとろうそく付豪華ケーキを持ってきた。これにはかなり感動した。日本でもめったに誕生日パーティなんてやったことないのに、NYでしかもこんなこと、あんなことまでしてもらって超うれしかった。友達もたくさん来てくれたし。

今年もいい年になりそうだ。



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2002年05月03日 : オルガン強化週間

最近結構いいライブがやっててお金が本当にないにもかかわらず、ついつい行ってしまう。26日は最近また改装オープンしたJazz Standardでなかなか生で聴けないドラムのバーナードパーディのグループだった。オルガンにリュ―べンウィルソン、ギターにグラントグリーンJr.、テナーにJBホーンズのピーウィ―エリス。最初からどファンクで行くかと思ったら普通のジャズブルースで始まった。しかし、その後はグルーヴしまくりのファンクオンパレードだった。ただ、どれもゆったりした、似たようなテンポでちょっと退屈な時もあったがあのグルーヴは本物だった。

30日はヴィレッジバンガードでルードナルドソンで、ドラマーは僕が大尊敬している田井中福司さん。オルガンにDr.ロニ―スミスとギターにランディジョンストンいうおなじみのメンバー。田井中さんにゲストで入れてもらい、ちょっと得した気分。途中でサックスのジョージコールマンの奥さんである、グロリアコールマンというかっ幅のいいおばちゃんがオルガンで飛び入りしたが、これがご機嫌でかっこよかった。あと、J-Jazz Sistersがやる前にShowmansで月曜日にやっていたサックスのマックスルーカスというおじいさんも飛び入りした。このおじいさん、なんと91歳だそうで、70ウン歳のルードナルドソンもびっくりだった。ロニ―スミスはちょっとヤバイです。これはライブを見た人にしかわからないでしょうね。それにしても田井中さんは相変わらずスイングしていて素晴らしかった。

 5月3日はアップタウンにある、Smokeと言うお店に知る人ぞ知るオルガンのメルヴィンラインという人を聴きに、オルガンのつるりんさんと、グラディーテイト氏と一緒にいった。メルヴィンラインを知らない人のために一応説明しておくと、その昔、ギターのウェスモンゴメリー等と共演したオルガン界では貴重なお方である。今はアメリカのどっか(聞いたけど忘れた)に引っ込んでしまってめったにNYでは聴けないのである。

演奏は地味だけど、左手のベースやフレーズもしっかりしていて味わい深い。やはり、お店には一目彼に会おうとNY中のオルガン奏者が集まっていた。ジョーイデフランチェスコ、さっき書いたリュ―ベンウィルソン、バンガードを終えて駆けつけたDr.ロニースミスとまるでオルガンサミット状態だった。これは一応先日亡くなったジョンパットンのトリビュート企画で、最後のセットではジャムセッションになり、僕はなんとまたロニ―スミスと共演できる光栄に与った。ファンクの曲をやったけど僕の出来はともかく、非常に楽しくて、もっとやりたいと思った。

 余談だが、その昔、オルガンのジミ―スミスのドラマーだったグラディ氏のところにはあらゆるミュージシャンが群がってきて、彼のすごさをうかがい知った。グラディ氏はスタジオミュージシャンのはしりでもあり、レコーディングした回数は数え切れないらしい。

学生のころ、彼が参加したビッグバンドの曲を何度も聴いて演奏したこともあり、彼のグルーヴの気持ちよさといったらなかった。彼にそのレコードのこと聴いたらあまり覚えてないと言われた。あまりにもたくさんのレコーディングをしたのでいちいち覚えてないらしい。

今回は気がついたらオルガン強化週間になっていた。


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